終わりの設計
ピンボール台は、ボールが穴に落ちた瞬間にスコアが確定し、プレイはあっけなく終わる。得られた得点には、現実の生活に対する直接的な意味も効用もない。ただ数字だけが残る。 『風の歌を聴け』から継続する「僕」と「鼠」の二項構造において、この作品では「僕」が自らの「終わり」を探し、行動に移す。「鼠」やピンボール台の消失によって、彼の中で「終わり」はゆっくりと駆動し始め、「双子の女の子」との別れによって、一つのプレイは確かに終わる。終わりとは、内側から決断されるのではなく、外部からの喪失によって構造的に設計される。
165000点という物質性
「僕」は消失したピンボール台「スペースシップ」を執拗に探し続ける。しかし彼が本当に探しているのは、台そのものではない。そこに刻みつけられた「彼女」と過ごした時間の物質性だ。 165000点というスコアは、「僕」と「彼女」との時間を、無意味なはずのゲームの内部で定量化した数字である。「彼女」と最後に出会ったとき、「僕」はピンボールを打たない。プレイを再開しなかったのは、165000点という思い出を上書きしたくなかったからだ。彼は新しいスコアではなく、すでに失われつつある過去のスコアに忠誠を誓っている。感情は形容詞で語られない。数字に翻訳され、機械の筐体に封印される。
停止したノイズの慣性
双子の女の子やジェイには、物語を劇的に前進させる機能がほとんどない。彼らはプロットを押し進めるというよりも、ほぼ停止しているノイズとして物語に滞留し続ける存在だ。 この停滞したノイズが、「僕」と「鼠」が終わりに向かって動き出すための抵抗となり、その葛藤に手触りのある重みを与えている。そして「僕」と「鼠」がようやく動き始めるとほぼ同時に、双子の女の子やジェイもまた、静止状態からゆっくりと動き始める。 この作品は、その動き出しの鈍さと重さそのものを描くピンボール台でもある。