Tomohiro Ogawa
#007

明晰夢

予期せぬノイズこそが夢の本質。

メンテナンス・モードとレンダリング負荷

脳の睡眠とは、本来システムをダウンさせてアミロイドβを除去するメンテナンス・モードである。 そこに明晰夢という高負荷なレンダリング処理を強制的に割り込ませることは、ハードウェアの劣化を招くのではないか。 睡眠は、儚く消え、操作不能であるからこそ美しい。 それを技術の力で制御下に置いた瞬間、それはもはや夢ではなく、意図的に設計された妄想へと変質する。 回復という本来の機能を犠牲にしてまで、我々はその妄想をレンダリングすべきなのだろうか。

最後の未開拓領域

デジタル技術が浸透した現代社会において、睡眠は唯一残されたアナログで、ゆらぎがあり、手つかずの領域だ。 明晰夢によって夢をコントロールしようとする試みは、絶滅危惧種が生息する原生林を伐採し、ショッピングモールを建てる行為に似ている。 予期せぬノイズ、不条理な展開、制御不能な恐怖。 それらこそが夢が持つ啓示の本質であり、我々の論理を超えた場所にあるリソースだ。 欲求まみれの制御された夢に、発見はあるだろうか。

閲覧専用としての夢デザイン

もし私が夢のインターフェースをデザインするなら、そこには徹底的な不便さを実装する。 たとえば神の視点モードだ。 ユーザー(意識)は、夢の中の自分(アクター)を俯瞰することしかできない。 介入も操作も不可能。ただ、彼が不条理な世界で右往左往する様を、映画のように閲覧する権限だけが与えられる。 触れるべきではない領域には、触れさせない。 この制約こそが、無意識という領域への敬意であり、正しい距離感のデザインではないだろうか。